いでもない。
このままでは際限ないから、そこは、新参の押しかけ客分としての引け目で、がんりき[#「がんりき」に傍点]の野郎が左の手を延べて、
「御免を蒙《こうむ》りまして」
と言って、秋草の襖へ手をかけたのです。そうしてするすると二三寸、最初、お銀様の座敷の第一関を開いた時の要領で、二三寸あけて見ると、意外にも中は真暗でした。
はて、人がいて、かりにも物を売ろう買おうと声がかかってみた以上は、起きていたのか、或いは寝ていても起き直って、どちらにしても燈心《とうすみ》ぐらいは取敢えず掻《か》き立てていなければならないはずなのに、中は真暗であって、且つその暗闇を救うべくなんらの努力をも試みていないらしいことは、薄気味の悪い上に、更に薄気味の悪いものになっている。
だが、こっちは、こうなってみると意地にもひる[#「ひる」に傍点]めない。
がんりき[#「がんりき」に傍点]の野郎は、意地を張って、一段としらばくれた調子で、
「では、その代物《しろもの》のお引取りを願いましょうかな」
と、暗い中へ向って馬鹿丁寧に一つ頭を下げてから、額越しに闇の中をじっと見込んだ身のこなし。やっぱり相当なも
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