、どうも恐れ入りました、こうすんなりお買上げが願えるとは有難い仕合せなんでございます、どうかひとつ、こしらえ、中身、お手ごろのところ、十分にお目ききが願いたいのでございます」
「見ないでもよろしい、中身は盛光だと言ったな、盛光ならばまず不足はない、置いて行かっしゃい」
「では、お引取りを願うことに致しまして……」
 買手は置いて行けと言い、売方はお引取りをねがいましょうと言いながら、まだどちらからも襖を開こうとはしない。当然その仲立ちをすべきはずのお銀様も、事のなりゆきを他人事《ひとごと》のように見流しているだけで、あえて中に立って口を利《き》いてやるでもなければ、ましてや、わざわざ立ち上って隔てを開いて、取引の融通をつけてやろうでもない。
 そこで、この場の空気はテレきってしまいました。テレきったけれども、その底には相当の緊張したものが流れている。三人ともに白けきったけれども、三すくみではない。それぞれ一歩をあやまてば取返しのつかない綻《ほころ》びが転がり出すことをよく心得ていながら、表面はテレきって、それを、何と取りつくろおうともしないところに、剣《つるぎ》の刃を渡るような気合がな
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