そこで、こいつがこんなふうのしな[#「しな」に傍点]をしながら、女王の眼前を突切って、次の間を隔てる襖の前へ来ると、また御念入りにかしこまって、携えた売り物の一腰を敷居際へ置いて、例の白々《しらじら》しいせりふを並べ出しました、
「どうぞ、なにぶん御贔屓《ごひいき》にお買上げを願いたいもんで……しがねえ三下奴《さんしたやっこ》のために、路用のお恵みが願いたいんでげして。さいぜんもお聞及びでございましょうが、彫りと言い、こしらえと言い、要所要所はいちいち金むく[#「むく」に傍点]でございまして、いぶしがかけてあるんでございます、それに中身が備前盛光一尺七寸四分という極附《きわめつ》きでございます、出所はたしか過ぎるほど確かな物でございまして、どなたがお持ちになったからといって、かかり合いの出来るような品たあ品が違います」

         八十

 まだ中からも襖が開かず、こちらからもこれを押してみようとはしないのです。こうして、がんりき[#「がんりき」に傍点]の野郎は、図々しくも先方の出ようを見ていると、中で、
「ちょうどいいところだ、脇差が一本欲しいと思っていたのだ」
「いや
前へ 次へ
全551ページ中221ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング