つかないとでも思ったのか、それで敢《あ》えてこの女王の居間を失礼して、突切らせてもらって、新しい買主に面会を求めようと、小腰をかがめて進入してきたのは全く許せない挙動だが、お銀様はまだ、冷然としてそれを咎《とが》めようともしないで、眼の前を通る代物《しろもの》を空しく看過しておりました。
そこで、いよいよ図にのった、この白徒《しれもの》が、「まっぴら、ごめんくださいまし」と、色代《しきだい》するような手つきをして、膝行頓首《しっこうとんしゅ》、通り過ぎて行く。その形がまた、いよいよたまらない芝居気たっぷりでもある。
こいつが、お銀様の父伊太夫を関ヶ原で狙《ねら》った、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百というやくざ[#「やくざ」に傍点]野郎であることは申すまでもありません。
根が、このがんりき[#「がんりき」に傍点]というやくざ[#「やくざ」に傍点]野郎は、こういう色男気取りに出来ている。たちばな屋とか、よこばな屋とかの切られ与三《よさ》といったような芝居気が身についている男なのです。だから、これを街道筋の馬子上りや、場末の長脇差くずれと見られては、当人納まらないだろうと思われる
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