から迸《ほとばし》り出たのに違いないのですから、一旦は狼狽したが、もとより相当な奴ですから、ここらで内兜《うちかぶと》を見せるようなことはない。こうなると、意地にも強気を見せるものごしになって、
「どなた様か存じませぬが、この一品を買ってやるとおっしゃいましたのは、そちら様で……」
「買ってやるから、こっちへ持って来いよ」
「いや、わかりました、有難い仕合せで。なにも、お買上げくださりさえすれば、どちら様で悪いの、こちら様でなければならないのと申す次第ではござりませぬ」
と言って、その一腰を取り上げると中腰になりました。
相当薄気味の悪い声ではあるけれども、主のわからない方面の買主に向って、この頬かむりの野郎があえて人見知りをしないらしい。
「まっぴら、ごめんくださいまし」
但し、あちらの秋草の襖の中の、新しく出でた買主のもとへ行くには、どうしてもこの女王の居間を失礼して突切らなければならないことになっている。いや、後戻りをすれば、廊下を廻って行けるには行けるに相違あるまいが、あちらからこう出られてみると、こっちの行張り上、また廊下をうろうろして出戻りなんぞは、第一、舞台面の恰好が
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