ました、一昨日《おととい》のあけ方のことでございます」
「関ヶ原で?」
「はい――実あ、その、なんでげして、これが甲州第一の物持でいらっしゃる有野村の伊太夫様だなんていうことは、夢にも存じやせんで、お目にかかっちまったんですが、ようやく昨日の晩になって、はじめてそれと伺いまして、驚きましてな」
「そうして、今はどこにいらっしゃる」
「関ヶ原から、昨晩は大津泊りでいらっしゃいました」
「大津――」
「はい、大津の宿で、はじめてそれと伺いまして、なるほど、がんりき[#「がんりき」に傍点]の目は高いと、こう味噌をあげちゃいましたようなわけなんでございましてな」
「何のために、お前さんは、わたしの父親に逢ったのですか」
「何のためにとおっしゃられると、ちと変なんでげしてな、行当りばったりに、袖摺《そです》り御縁というやつで、つい、関ヶ原の夕方お見かけ申しちまったんですが、今も申し上げる通り、これが甲州第一の物持の旦那様と知ってお見かけ申しちゃいましたわけじゃあござりませぬ、ただ行きずりに、こいつは只者でねえと睨《にら》んだこの眼力にあやまちがなく、お跡を慕ってみますてえと、果して大ものでござり
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