なイケ図々しい物の言いっぷりだろう。
 ところが、お銀様も存外、落着いたもので、静かに、しかし強く、
「お帰りなさい」

         七十六

 ところがいやな奴は、いよいよしつこくからんで、
「そう権柄《けんぺい》におっしゃるものじゃございません、せっかく、こうして危ない思いをして、人目を忍んでお願いに上ったんじゃございませんか、そこは、何とか三下奴《さんしたやっこ》を憫《あわ》れんでやっておくんなさいましよ。実はねえ、お嬢様、ぜひあなたにひとつ買っていただいて、それを、このしがねえ奴が路用にして、これから国へ帰ろうてえんでございますから、お願いですよ、とにかく、代物《しろもの》をひとつごらん置きを願いましょうかな」
と言って、頬かむりの奴が、後ろの方へ手をやって掻《か》いさぐったかと見ると、何か一物を取り出して、お銀様の部屋の中へさし出しました。見ると、それは一本の脇差でありました。脇差といってもなかなか本格の渋いこしらえがしてあって、特に艶《つや》を消して道中差にこしらえたもの、一見して相当の品ではあるらしい。この脇差を一本、お銀様の目の前に投げ出した頬かむりの男は、
「へ
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