臨機応変の頬かむりにも、相当の型が現われなければならない道理です。或いは髷尻《まげじり》の出しっぷりに於て、鼻っ先のひっかけ具合によって、特に最も微妙にその人格(?)に反映して、浮気女を活《い》かしたり殺したりすることさえある。
大臣かむりといってお大名式なのもある。吉原かむりといって遊冶郎《ゆうやろう》式なのもある。上の方へ巻き上げた米屋さんかむりというのもある。濡紙を下へ置いてその上へはし[#「はし」に傍点]ょり込んだ喧嘩かむりというのもある――今この場に、こいつがかぶって来たのは、鼠小僧かむり、或いは直侍《なおざむらい》かむりというやつで、相当江戸前を気取ったところの、芝居気たっぷりのかむり方でありました。
男女二つの異形《いぎょう》なる覆面の場面へ、新たに一枚の頬かむりが加わったのです。
「へ、へ、お嬢様、あなたは御大家のお嬢様でいらっしゃいます、折入って一つのお願いの筋があって参りましたんで、というのは、ひとつお嬢様にぜひとも、買っていただきたい品がございましてな。決して盗み泥棒をしようのなんぞという悪い料簡《りょうけん》で上ったわけじゃあございません」
何といういや味
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