、へ、へ、これをひとつ、あなた様に買っていただいて、しがねえ三下奴の国へ帰る路用に当ててえと、こう思うんでがんしてな……」
「そんなものは、わたしには用はありません、いいかげんにしないと人を呼びますよ」
「あ、あ、あ、そいつは、いけません」
と、頬かむりの奴は仰山らしく押える真似《まね》をして、
「野暮《やぼ》なことをして下さいますな、ここで声を立てられちゃ、事こわしでございますよ、わっしのためにも、あなた様のためにもな。まず、まあ、ゆっくり落着きあそばして、その品をお手にとるだけも取って、篤《とく》とごらん下し置かれたいものでげす、品物を御一覧下さった後に、買ってやるとか、やらないとか、おっしゃっていただけば、それでよろしいんでございますよ――お手に取ってひとつ見ていただきてえ」
「そんなものを見る必要はありません」
「必要とおいでなすったね、必要があるかないか、代物《しろもの》をひとつ見ていただいた上でなけりゃ、相場が立たないじゃございませんか。何ならひとつ手取早く、わっしの方から品調べをしてごらんに入れ申しましょうか。まずこの目貫《めぬき》でございますな、これが金獅子ぼたんでござ
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