相違ないが、お銀様にもまたたのむところがあると見えて、あえて驚かないのは前と同じです。ところで頬かむりが、
「へ、へ、お嬢様、わっしはこう見えても盗人に来たんじゃごわせん、お嬢様をお見かけ申して少々|合力《ごうりき》にあずかりてえとこう思いましてな――それをひとつ聞いていただかなけりゃなりません」
と、いよいよ猫撫声で、膝小僧をじりじり[#「じりじり」に傍点]と進めて、乙にからんで来るのです。

         七十五

「わたしは、お前のような人に頼まれて上げる義理はない、何か用があるなら、夜が明けてから出直しておいでなさい」
とお銀様は、あたりまえの言い分でたしなめますと、
「そうおっしゃるものじゃございませんよ、お嬢様――」
 松助のやる蝙蝠安《こうもりやす》のような、変に気取った声色《こわいろ》をして、襖をもう二三寸あけました。そうすると、お銀様の部屋の行燈《あんどん》の光で、忍んで来た奴の正面半身が見えました。
 着物は尋常の二子《ふたこ》か唐桟《とうざん》といったようなのを着け、芥子玉《けしだま》しぼりの頬かむりで隠した面《かお》をこちらに突き出している。
 以前に覆面の
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