、お前たちにつけ覘《ねら》われるような、わたしたちではありません」
お銀様は、いつもの見識で手強く叱りましたが、相手もまたそれで退くくらいなら、ここまでは出て来ません。
「そうおっしゃらずに、ちょいとお目にかかって申し上げてえことがございまして――ここをあけましてもよろしうございましょうか、御免こうむりまして」
いよいよ人を食った猫撫声で、こんなことをたらたら言いながら、早くもスルスルと襖へ手をかけて、二三寸あけてしまいました。
お銀様はまたその方を睨めたけれども、少しも動揺しません。
「没義道《もぎどう》なことをすると、お前のためになりませんよ」
「へ、へ、実はな、お嬢様――」
お嬢様と言ったからには、相当にこちらの人柄に理解があるに相違ない。盗人《ぬすっと》に来たということは明らかだが、それにしても、このいけ[#「いけ」に傍点]図々しい猫撫声を聞いていると、ただ物質が欲しくて忍び込んだものとのみは思われない。
もはや、こっちを呑んでかかって、次第によっては説教の一つも試みようというはらがあって来た奴に相違ない。それだけに油断のならない相手であるとは、お銀様も気がついたには
前へ
次へ
全551ページ中206ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング