にごらん下さりましょう」とかなんとか言って、鞘《さや》ぐるみ差出した方が神妙でよかりそうな場合ですけれども、柳田平治はそうはしないで、すっくと二三歩あるき出して、そこで長剣をゆり上げて身構えをしました。
 その時、田山白雲が見ると、柳田の目つきが尋常でないと思いました。血走っているというわけでも、殺気が迸《ほとばし》るというわけでもないが、なんとなく一道の凄味《すごみ》が流れ出しました。つまりこの男は、真剣に刀を抜く気だな、ただ抜いて見せるだけでなく、居合の呼吸で抜いて見せるつもりだな、と考えざるを得ないのです。
 田山白雲も、少々居合の心得が無いではない。「こいつ相当にやるな!」と思ってこの男の人相を見直すと、頭のところの月代《さかやき》の中に、大小いくつもの禿《はげ》が隠れつ見えつしている。その禿というのは、天性、毛髪が不足しているというわけではなく、相当の期間以前に生傷《なまきず》であったものが癒着《ゆちゃく》して、この部分だけ毛髪がなくなっているのだとしか見られないのです。これだけによって推想してみても、子供時代から、手にも足にも負えなかった持余しもので、その負傷の中には、柿の
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