も掻《か》き起さなければ、燈火《あかり》もつけないで、隣室との応対をつづけているのですから、やっぱり光景そのものからいうと、黒漆崑崙夜裡《こくしつこんろんやり》に走るとか、わだかまるとか言うべきもので、何にもないところに声だけがあるようなものですが、小説の描写のためから言えば、はっきりと、それを写し出さないわけにはゆかぬ。
今、この黒漆の室にいる黒衣の者の姿は、昨晩、大通寺の玄関の松に近く、幼な児の捨てられているところで、鬼女を引きつけたところの第二の悪魔――第三の悪魔としての餓えたる犬と戦ったあれです。
大小二つの刀は、手を差延べれば届く床の間の刀架にかけて置いて、自分は、火鉢を前に、行燈を左にして坐ったままで、さきほどからの会話をつづけているのでしたが、この会話の間も、やっぱり覆面を外すことはしませんでした。
二つの室に相隣りして、無作法な男女が二人控えている。姿形こそはいずれも崩れてはいない。無作法とも、だらしがないとも言えないけれども、室内にあって、この夜中にまでも覆面を取らないですまし込んで会話をつづけている点だけは両々相譲らないのです。
一口に覆面というけれども、そ
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