か、或いは出動か。
七十二
今まではお銀様の居間の方の場合からのみ写しましたが、今度は改めて、隣室の方へ舞台を半ば廻してみましょう。
その室もやっぱり、だだっ広い、古びきった宿屋というよりは、古いも古い、徳川期を越した太閤の長浜時代の陣屋とか、加藤、福島の邸あとの広間とかいったような大まかな一室なのです。
そこの一隅に、もはや寝床がのべてあって、六枚折りの屏風《びょうぶ》が立てかけてある。こちらにもお銀様のと同じような火鉢があって、炭取も備わっている。机は隅の方に押片附けられて、座蒲団《ざぶとん》が真中のところに敷かれているが、その火鉢と座蒲団の程よきところに、丈の高い角行燈が一つ聳《そび》えている――という道具立てなのですが、これが、はっきり見えるというわけではありません。その行燈には灯《ひ》が入っていないのみならず、お銀様との隔ての襖もあいていないから、光というものは、ほとんどこの部屋に本来備わっていないところへ、外界からも漏れて来ないから真暗なのです。
その真暗なところへ、さいぜんから音もなく、真黒いいでたちの人が、風のようにひっそりと入って来て、火
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