方面をとってお帰りになるかということが、筋を引くようにわかりました」
「犬の鳴き声によってだね」
「そうでございます」
「さあ、そうなってみると、もうこの長浜というところで夜歩きはできなくなるのだな、少なくとも、拙者というものは、夜な夜な長浜の町をさまようてみたところで、何の収穫もないことになるのだ」
「まあ、そんなものでございますね、お出ましになって出られないこともございますまいが、結局、犬に吠えられに出て、犬に送られてお帰りになるまでのことでございましょう」
二人の会話は暫く途切れておりましたが、お銀様はすでに解きかけた覆面を取去ろうともせず、そのまま机にもたれて寝に就こうとはしないのです。
隣室も、なお一層静かでしたが、暫くして、また刀架へ触るような物音がしました。
こちらも寝ようとはしないが、あちらもそのまま寝床へもぐり込んだ気色《けしき》もない。こちらのは、ただ静かにして机にもたれているだけですが、あちらのは、いったん刀をまた取卸したような物の気配です。いったん刀架にやすませた刀を、また揺り起したとなれば、これに向って、また相当の使命を托すると見なければならぬ。
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