、進んで寺僧に向って忠告――というまでにもならないで、ひとりひそかに残念がっているのは、その鼠の巣を嫌がるというよりも、この壁の画を惜しむことであります。
お銀様は、それでもなお飽かず、滝と、牡丹と、唐獅子を、縦から横から見直しました。それから向って右の小襖《こぶすま》に唐美人の絵がある。出入口襖の桐に鳳凰《ほうおう》――左の出入口は菊に孔雀《くじゃく》の襖――いずれも金地極彩色なのと、その金具に五三崩しの桐紋がちりばめてあることまで丹念に見てしまったが、なお中央の滝と牡丹と唐獅子の大壁画を見直し、見返すことを忘れませんでした。その大壁画の雄渾《ゆうこん》にして堅牢なる、斧を打ち込んでも裂けない筆格を見ていると、またどうしてもその下に堆《うずたか》い鼠の巣に、いやな思いをせずにはいられないのです。
「この置きちらかしを、何とか始末をすればよいのに」
その不快の思いを繰返しているところへ、どかどかと寺役が二三人、また無造作《むぞうさ》にやって来ました。それは、手に手に一抱えのものを持って、ある距離を取って壁画を眺めているお銀様の前を横切ると共に、あろうことか、今も不快の種となっていた
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