》と、唐獅子《からじし》が描かれているのであります。
 お銀様は、特に注意して覆面の中からこれを見つめて、立去ることを忘れるほど一心でありましたが、壁画の下の床《ゆか》の板の上を見ると、不快な思いを如何《いかん》ともすることができないらしくあります。左様に時代のついた金碧さんらんたる壁画の下の床板が、鼠の巣になっていることを認めると、お銀様がいやな面《かお》をしました。鼠の巣といっても、現にそこに鼠が巣をくって、子をはぐくんでいるというわけではありませんが、その床の上に古い帳簿だの、ぼろぎれだの、足のもげた小机だのというものが、ゴミ捨場のようにつくね散らされていることでありました。
 それを見ると、お銀様は眉をひそめずにはおられませんでした。たぶん、胸の中ではこんなに考えていたことでしょう、
「何という無作法なことをする人たちでしょう、悪意あってしているわけではない、この画に対する認識が乏しいばっかりにしていることだが、こうして置くうちに、ようやく粗末から廃滅になってはたまらない、早く何とかしないと、あったらこの名画の保護が手遅れになる」
 こう思いやりをしてみたようでしたが、さりとて
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