堂内室内をめぐって大広間の大床《おおどこ》の前へ来ると、この女客がじっと立ち尽してしまいました。むろん覆面はそのままで、覆面の中から、じっと瞳を凝《こ》らしてながめ入ったのが、正面三間の大床であります。その大床いっぱいに金銀極彩色で描かれたところの壁画であります。
その壁画の前へ立つと、今まで逍遥気分でながめ廻っていた女客が、吸い寄せられたように凝立《ぎょうりつ》して、この大床の金碧燦爛《こんぺきさんらん》たる壁画を見つめてしまいました。
熱心と言えば熱心と言えないことはないが、傲慢無礼とすれば、いよいよ傲慢無礼な態度で眺めている。
憎むべしと言ってしまえばそれまでだが、この憎むべき女性が、甲斐《かい》の国の有野村の伊太夫の娘、暴女王として、いま胆吹王国の主となろうとしているお銀様その人だと見て取ると、この傲慢無礼のほどにもまた、相当の理解を要することがわかる。
申すまでもなく、この覆面の無作法なる寺見物の客はお銀様でありました。
六十六
お銀様の見ている上段三間の大床の壁には、百年或いは二百年以上の時代を帯びた、金碧燦爛たる極彩色の、滝と、牡丹《ぼたん
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