覆面の女客は、杖も持っていないし、刀も帯びてはいないが、覆面の覆面たることは同じであります。
六十五
覆面の覆面たることは同じですが、少女に言わせたこの覆面の女の参詣客は、玄関に立って、寺役に向っての特別の申入れの次第はこうでした、
「恐れ入りますが、御殿を拝見させていただきたい」
おりから、近き日数のうちに行わるべき秋季の法要と、宝物展看の準備のために忙がしかった寺役は、極めて寛大に、
「どうぞ、ゆるゆる御自由にごらんくださいませ」
拝観料何程と徴収もしない代り、特に誰かが附添って、説明と監視とに当るという設備もなく、その身そのままで、自由なる室内の拝観を許されたのでした。
そこで、覆面の客は少女を後に従えて、ずっと玄関を通ってしまって、ゆるゆると内部の見学にとりかかったのだが、それにしてもこの女客は、堂内へ入ってすらもその覆面を取ることをしませんでした。覆面をしたままで、堂内を隈《くま》なく見学にとりかかりましたのです。
寺の人が誰も附添わないし、またどこにも看視の人が附いていないとは言いながら、この態度は甚《はなは》だ不作法のものと言わなければなら
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