瞭確実になりました。
それから、もう一つは、生きて泣き叫んでいる幼な児です。この子は女の子であって、餓えも凍えもしないし、身体のどこにも負傷はしていませんでしたが、その身許だけはどうしても急にはわかりませんでした。
とりあえず近所のおかみさんに頼んで乳を含ませることによって、応急の処置はつきました。
最後に、どうしても解決のつかないのは、魚貫《ぎょかん》したように、鼓楼の方へとつながって裏門まで続いている犬の死骸です。どこの犬で、何のために斬られたかということは、誰にも見当がつかない。ことにその斬られっぷりというのが無残なもので、腹を下から裂かれたり、口だけを輪切りにされたり、前脚を二つ斬り落されて、まだビクビク息を引いていたり、真向に断ち割られて二言ともなくのめっていたり、戸にハサまれて頭を砕かれていたり、その惨澹たる、さながら、わざとした曲斬りか、そうでなければ、こういうふうに斬りこまざいて、他から持参して、わざわざここへ、こんなふうに蒔《ま》き散らして行った奴があるのではないか、とさえ想わせられました。
何にせよ法域を、こういう人畜の血で汚したことは不祥千万なことでありま
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