から斬って落すと、また一時姿が見えなくなりました。同時にくぐりの小門にはさまれて頭蓋骨を微塵《みじん》に砕かれた一頭がある。
かくて黒衣覆面の痩《や》せ姿は、完全にいずれへか夜の引込みをつけてしまいました。
六十四
やがて、暁《あけ》の鐘の鐘つき男によって発見されたこの一場の修羅場《しゅらば》のあとが、一山《いちざん》の騒ぎとなったことは申すまでもありません。
打見たところでは、人間と畜類の修羅場でありました。松の木の裏に斃《たお》れた女人の素姓《じょう》は、まもなくわかりました。これは町内の木屋という木綿問屋の旦那のお妾《めかけ》でありました。その身につけた衣裳と、懐中した道具によって、呪詛《じゅそ》の目的で来たことは疑う余地がありません。呪詛の目的主としては、或いはその問屋の本妻であると言い、或いはもう一人のお妾のために寵《ちょう》を奪われたその恨みだとも言い、またはこのお妾に別に情夫があって、それとまた他の女との鞘当《さやあ》ての恨みだとも言い、揣摩臆測《しまおくそく》はしきりでしたけれども、まだその場で真相をつかむことはできないが、本人の身許だけは明
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