七

 一方のは刀は見せ物ではないというのです。抜いて見せろと言っても、抜くべき理由と事情が無い限り、抜けないというのが一方の主張で、それをやや高圧的に、是でも非でも抜いて見せろ――とカサにかかり出したのが役人側の態度でした。
 こうなると、一方が威権に屈従しない限り、職権の発動とならなければならない。その雲行きを見て、附添って来た村役人の老巧らしいのが、白髪頭《しらがあたま》を振り立てて川破りの小男に向って来て、なだめるように次のような理解を試みたのを、白雲は、村役の白髪頭と共に耳にうつしとって、目附の役人が高圧的な要求も必ずしも無理ではないと思いました。
 というのは、南部の盛岡の城下で、つい数日前、人を斬って逃げた者がある。斬ったのは何者かわからないが、斬られたのは家中でもかなり身分の重いものであるらしい。その犯人の行方《ゆくえ》を探し求むるがために、それとなく御出張になったもので――ともかく、目星をつけた人に、一応刀を抜いて見せてもらうことが、これまでの例になっている。人を斬った以上は、血のりを拭い去ろうとも去るまいとも、その当座は膏《あぶら》が浮いている
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