だ」
「一匹一人の修行というのも変なものだが、とにかく、道中の手形は持っているだろうな」
「それは持っている」
「見せてもらいたい」
「この通り」
 川破りは、懐中袋から相当のものを取り出して役人に示しました。それでも感心に、御法通りのものは持っているらしい。
「八戸城下|小中野《こなかの》――柳田平治というのだな、君の名は」
「左様」
 役人はそれを見て、一応は納得したようでしたが、続いてその訊問が、眼前に掟《おきて》を破った川破りのことには触れないで、ジロジロとその長い刀を見ながら、
「君、君の刀は大へんに長い」
「長いです」
 男は役人の面《かお》を見上げた。長かろうと、短かかろうと、よけいなお世話だと言わぬばかりに、
「三尺五寸あります」
「素敵に長い――抜けるかね」
「抜けない刀は差さん」
「ひとつ、抜いて見せてくれないか」
「見せ物にするために差した刀ではござらぬ」
「とにかく抜いて見せ給え」
「見せるために抜くべきものではござらぬ」
「それを見たいのだ」
 今まではかなり温顔にあしらっていた役人が、はじめて多少の威権を示しての言葉でしたから、見物の者をヒヤリとさせました。
前へ 次へ
全551ページ中17ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング