てしむるならばわかっているが、鬼それ自身がおののいたのでは問題にならないではないか。
子供は盛んに泣いています。
何と思ったか鬼女は、水屋の方へ向って一散に走りかけました。走ったのではない、飛びかかったような勢いでした。水屋というのは、前に出て来た鼓楼とは反対の側にあるのですが、鬼女――鬼女といっても、この際、急速に角が生え出したわけではなく、最初からの呪いの女をかく呼び換えてみただけのものです――はその水屋に向って突進したのですが、何につまずいたか、何に蹴られたか、そこにドウとばかりに仰向けにひっくり返ってしまいました。
「あ、あ、あ、あ」
そのまた起き上る前を、後ろの物蔭から長い手が一つ出て、鬼の頸《くび》を後ろから羽掻締《はがいじ》めにして、そのままスルスルと「玄関の松」の後ろへ引込みました。
「あ、あ、あ」
と女は、なされるがままにして逆らうの力がない。怖ろしいものです、上には上があるものです、大通寺の境内《けいだい》には鬼を取って食う怪物がいる。
今やまさに、この玄関の松の裏の見えないところで、怪物の手に引きずられて、鬼女は骨まで食われている。
「あ、あ、あ」
それ
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