「のうのう」
と手をさしのべたのは、その頭上の火が欲しいからでしょう。
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名月を取ってくれろと泣く児|哉《かな》
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 そこで女が、はじめて自己頭上の火がまだ消されていないことに気がつきました。

         五十九

 火を求むる幼な児の要求を、無下《むげ》に荒々しく斥《しりぞ》けた女は、いきなり頭上の鉄輪を外《はず》し、あわてて蝋燭の火をかき消してしまいました。
 これは木の上で消して来なければならない火であったのだ――昔の例はとにかく、今の世では、これをつけて街上を走ることは自己の存在を示すことであって、祈りの秘密のためには取らない。
 そう思って急に消しとめたのだが、目的のおもちゃを急に奪われた幼な児は、非常な失望で、急にゲラゲラ笑いが号泣と変ってしまいました。
 途端に、天空で星が一つ飛びました。同時に下界で、さっと風の走る音がしました。急に天地の動きを感じたかのように、女は四方《あたり》を見廻して、ゾッと身の毛をよだてたのです。ここで自分が身の毛をよだてるというのはおかしい、己《おの》れの姿を認めしめて、他をして身の毛をよだ
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