きった女の眼の中に、見るも小気味よい一点の冷笑が浮びました。
 熱狂を以て打込んだ釘のあとを、冷笑を以て見ていると、人形の四肢五体から沸々《ふつふつ》と血が吹き出して来る。藁の人形そのものが、のたうち廻って苦しむ。
 血も出ていない、人形も苦しんではいないらしいが、女の眼にはそう見えるらしい。木の上で高らかに笑いました。
 女が木の上で笑うと、下ではおさな児が、腸を引裂くように泣いている。

         五十八

「丑《うし》の刻《とき》まいり」というのは、古い記録によると、嵯峨天皇の御時代からはじまる。その時代にある公卿《くげ》の女が、何か人を恨めることがあって、貴船《きふね》の社に籠《こも》り、嫉《ねたま》しと思う女を祈り殺そうとしたという古伝があるが、その古伝によると、女は人無きところに籠り、長《たけ》なす髪を二つに分けて角《つの》に作り、顔に朱をさし、身に丹《たん》を塗り、鉄輪《かなわ》をいただいてその三つの足に松をともし、松明《たいまつ》をこしらえて、両方に火をつけ、口にくわえて、夜更け人定まって後、大和大路へ走り出で、南を指して行くところ、頭からは五つの火が燃え上り―
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