絶えないことです。
 怖るべきは、憎悪《ぞうお》と嫉妬《しっと》です。人は、ことに婦人は、これがために生き、これがために死ぬものが多い。今、人形を取り出した女人の眼は爛々と燃えておりました。憎悪と、嫉妬と、呪詛《じゅそ》の悪念が集中して象徴化した藁人形を取り出して、松の幹の一面に押しつけると共に、左の手でそれを抑え、右の手をまたも懐中へ入れて、新たに取り出したのは一梃の金槌《かなづち》であります。金槌を取り出す前に、すでに五寸釘が手の中にあったと見えて、それを藁人形の首のところへあてがうと、
「カツン」
 憎悪に燃えた眼と、嫉妬に凝《こ》った繊細《かぼそ》い腕とで、幹もとおれと打込んだ藁人形の首から、ダラダラと血が流れ出しました。
 その途端に、何におびえたか木の下で、にわかに幼な児が声を立てて泣き出しました。今まで星を眺めて笑っていた子が――
 そんなことは、木の上の女の耳へは入らない。釘の中のすぐれて大きなやつを咽喉元に打込んで、その次に、右の腕、左の腕、胴――甚《はなはだ》しいのは足の両股の間をめがけて、上からのしかかるように、金槌の頭も、柄も、砕けよ飛べよと打込んだ後、燃え立ち
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