物蔭に隠れていて、見届けて帰るのを習いとする、とある。
ここ、大通寺の玄関の松の下に、一旦わが子を捨ててみはしたけれども、時あって誰も拾いに来る人がない。
母なる人は、鼓楼の蔭あたりで、一刻も早く温かなる手の拾い主を期待していたのだが、容易に人の視聴を聳《そばだ》てないことほど、この棄てられた子がおとなしい子でありました。
むしろ、火のつくほど泣き叫んでくれたならば――遥《はる》か彼方《かなた》を通る夜廻りの者か、寺の庫裡《くり》の料理番か何人《なんぴと》か、夢を醒《さま》す人もあろうのに、いい機嫌で笑い出されてしまったのでは、とりつく島がない。
もう、たまりかねて、母親が自分の手で回収に出かけたものです。ただ、その母親が子を捨てるほどの母の姿としてはいささか異様に見えないではありません。白衣ははじめからわかっているが、近づくに従って熟視すると、髪はうしろへ下げ髪に、その上へ鉄輪《かなわ》を立てて、三本の蝋燭《ろうそく》が燃えている。足は跣足《はだし》です。それから首に鏡のようなものをかけている。
右の女が、ちょこちょこと鼓楼の下から小走りして、玄関の松の下まで来ましたが、思
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