りしましたけれども、暫くすると、ひとりまたいい機嫌になって笑い出しました。大空にちんくるちんくるとまたたく星の光を見て――人間が笑い得るには、幼な児といえども相当の余裕を持っていなければ笑えない。相当の余裕とは要するに衣食の余裕です。
今、ここに棄てられた子は、衣に於て充分の凌《しの》ぎをもっている。時季によっては、いかに衣服が足りても、深夜こうして夜風に曝されることに堪え得るはずはないのですが、今は何といってもまだ秋です、衣は寒を防ぐに足り、食は――棄てられる前に、たっぷりと因果が含ませてあるに相違ない上に、傍にまた徳利へ乳首をつけて、その時分はミルクはなかったとして、摺粉《すりこ》か、上※[#「米+參」、第3水準1−89−88]粉《じょうしんこ》か、そんなものを甘くして、優に一昼夜の吸引に堪え得るようにしてある。だからこの棄子《すてご》は衣食が充分に足りて、そうして笑うの余裕を得ている。
だが、こういう人生のきわどい笑いがいつまで続く?
棄てられた子の泣くのは悲惨だけれども、笑うのはなお一層の悲惨です。慈善の人があって、手に取上げるまで泣かして置くのはよろしいとして、それまで
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