に傍点]と泣き立てました。それから暫く声を引いて泣きつづけたのですが、いつかまたまた、おとなしくなって泣きやみました。泣きやんだかと思うと、また糸を引くように咽び出しました。しかし、これがかえって、聞く人の腸《はらわた》を断つものがありました。聞く人がないからいいけれど――いいか悪いか知れないけれど、こういう場合に於ては、火のように泣き立てられることの方が、かえってこれほどにいじ[#「いじ」に傍点]らしくない。
 泣きやみ、泣きつづけて、そう長くは繰返されないで、やがて連続的の泣き声となりました。天地の間《かん》に親を求むる声です。それが人の腸を掻《か》きむしらなければ、世に人の腸を掻きむしる声はない。
 かくて、「玄関の松」の大木の下は、棄てられた児の天地に向って号泣の場所となりました。

         五十五

 一口に、ここで「玄関の松」と言ってしまっているけれども、この大通寺の玄関の松もまた、歴史ある玄関の松で、普通の寺院の庫裡《くり》の前の車廻しや風よけと見ては違う。これも一世の英雄、羽柴秀吉の長浜城の中にあって、秀吉がこの松の木に鎧《よろい》をかけたというところから「鎧
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