一稼《ひとかせ》ぎだ」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]は、こう言ってお蘭どのの、らんじゅく[#「らんじゅく」に傍点]した面をまじまじと見つめると、
「いやな人だね、なんて目つきをするんだよ」
 お蘭どのが、手をあげてぶつ真似をしました。

         五十二

「おっかあ、おっぱいが一ぱい飲みてえ」
「何だね、そこに、さっきから番茶が汲んであるじゃないか、冷えちまうよ」
「二番煎じが飲みてえ」
「何を言ってるんだね、夜が明けちまうじゃないか」
「遠慮なくお休みなさいよ、わっしゃ、いま言う通り、これからまた一稼《ひとかせ》ぎだ」
「せわしい人だね、いったい、これからどこへ稼ぎに行くんだよ」
「関ヶ原まで、もう一合戦」
「冗談《じょうだん》じゃない」
「冗談じゃありません、こう瓦っかけの上げ壺を食わされたんでは、がんりき[#「がんりき」に傍点]もこのままじゃ引込めねえ」
「何か喧嘩でもして来たのかね」
「一合戦だと言ってるじゃねえか、乗るか反《そ》るかだよ、瓦っかけの仕返しを一番」
「何のこったかわからないが、こっちの鬱金木綿《うこんもめん》でけっこう埋合せがついたからもういいじ
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