ゃないか」
「なあに、こんな甘《あめ》えんじゃいけねえ」
「お休みな、飛騨の高山からじゃ、ずいぶん疲れているだろうに、ねえ」
「なあに、足なんざあこっちのもんだ、どれ、もう一稼ぎ出陣とやらかすかね」
「いけないよ、もうお止しな」
「留めるのかい」
「まあ、なんにしても、おっぱいを一つ飲んで、落着いてお出かけ。お前さんはそうして、仕返しだか、出稼ぎだか、何だか知らないが、気忙《きぜわ》しく出かけてしまって、置いてけぼりのわたしはいったい、どうなるんだよ、路用はいただいたが、これから、どこへ出向いて、どこで待っていてあげりゃいいのさ、ちっとは相談もあるじゃないか」
「違えねえ――お前はこれから、明日の朝になって、ここの勘定を済ましてから、なにげなく上方《かみがた》へ向って旅立ちな――さよう、草津か、大津か――そんなところでは人目にかかる、こうと、いいことがある、少々道を曲げて石部《いしべ》の宿《しゅく》なんざあどうだね、石部の宿の仮枕なんざあ悪くあるめえ」
「乙だね」
「石部には大黒屋という宿がある、あれへ行っておとなしく泊っていな、明日の晩までにはおいらが大物を一つ料《りょう》って、石部
前へ 次へ
全551ページ中144ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング