一面に散らしたのは、封の切れない切餅もあれば、霰《あられ》のような一朱二朱もあるし、小粒もあるし、全く、瓦っかけや石ころでないのみならず、即座の使用に堪え得る天下の通貨が、大小取交ぜてザクザクと降って湧いて来たからです。
といっても、要するに鬱金木綿が呑んでいたところの胃の腑の程度ですから、曾《かつ》て根岸の三《み》ツ目錐《めぎり》の屋敷で、裏宿の七兵衛が、鎧櫃《よろいびつ》に詰めて置いて、神尾主膳に思い切って突き破らせたあの程度とは、規模も、内容も、おのずから違うのです。けれども、あの時はあれで、破る方も、破らせる方も、また当の目的物たる鎧櫃も、充実しきっていた予想と内容の下に行われたのだから、案外の程度に於ては、この場合と比較にはなりませんでした。
然《しか》るに、今のこの場合は、瓦っかけでさんざんにテラされたところへ持って来て、この内容なのですから、悪党がるほどでもないがんりき[#「がんりき」に傍点]が音《ね》をあげたのも無理はないところで、
「百両百貫!」
見得《みえ》も外聞も忘れて、両手を挙げてみたものです。しかし、百両百貫という計算もかなり大ザッパなもので、両と言い、
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