ならば仔細はないが、南部領の人であってみると、そこに相当の気分を転換してかからねばなるまい。よしよし、ここに駒井甚三郎から借りて来た最新式の遠眼鏡というものがある、この地点へ、この視官の飛道具を押据えてからに、あの早舟がいかなる性質の人を乗せて来て、こちらのわやわやをどう捌《さば》くか、これを見定めての上で、おもむろに天王山を下るも遅くはあるまい。
 田山白雲は、こんなような考えを起して、いったん下りかけた小丘を、また頂上まで上りつめて、そうして、遠眼鏡を取り直した時分に、早舟は早くも岸へ着きました。

         六

 今まで、船頭共だけであしらい兼ねていた問題の川破りの男が、やがてこの早舟で来た役人たちの取調べに引渡されてしまい、そこで役人たちが川破りを受取って、実地取調べにかかる段取りになってみると、白雲もここに超然とは落着ききれないものがあると見え、どうしても一歩一歩と高きを下らざるを得なくなって、ついに人垣の後ろへ立って、いちぶしじゅうを見届けることになりました。
 臨時予審廷といったようなものが、渡頭の上の茶店の内から外へ溢《あふ》れて行われているのですが、ちょうど
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