小判と思って受取ったのが、急に木の葉になってしまったように、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百の野郎は呆《あき》れ果てて、その瓦っかけを見つめて、きょとんとしている。
「古瓦をおみやげに下すって、どうも有難う」
 お蘭どのがわざと御丁寧に、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百の前へ頭を下げて、
「結構なおみやげを、たくさんにどうもありがとうございました」
 二度《ふたたび》、ていねいに頭を下げました。
「ちぇッ、つまらねえ」
 さすがのがんりき[#「がんりき」に傍点]の百の野郎もすっかりてれて、うんが[#「うんが」に傍点]の声が揚らない。自分の眼と腕とを信じ過ぎたのか、信じ足りなかったのか、全く狐につままれたような思いで、
「こういうはずじゃなかったんだが」
「いや、そういうはずなんですよ、宮川べりで精分を抜かれておいでなすったから、物忘れをなすったんだわ。それはまあお茶番として、お笑い草で済むけれど、済まないのはこれからの、わたしの身の振り方――それから差当りの路用の工面《くめん》。こればっかりはお茶番では済まされない、真剣に工夫をしなけりゃ、第一、ここの宿の払いでさえ……」

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