夜をひとりかもねむ
[#ここで字下げ終わり]
四十七
伊太夫の座敷に於て紛失したものは、上代瓦を入れた箱入りの包だけでありました。ほかにはなんらの被害はなかったのですが、これは、床上の髑髏が呑んでしまったわけでもなし、定九郎鴉が啣《くわ》えて行ってしまったのでもありません。主人の言うところの如く、湯殿の戸締りの用心の足りなかったのを利用して忍び込んだ盗賊の為す業でありました。
伊太夫は宿の主人のために、それを気の毒がって弁償しようと言いましたが、主人は事もなげにそれを辞退して申しました、
「なあに、申せば瓦っかけでございますからな、値につもっていただくわけには参りません、もともとこっちの戸締りの用心が足りないせいでございまして、申し訳のない次第のものでございます、ほかに何もお怪我がなくて、それが何よりの仕合せでございます」
と言って、どうしても弁償を取ることをうけがわないのです。
「瓦っかけと言ってしまえばそれまでだが、あれで好事家《こうずか》の手にわたると、相当|珍重《ちんちょう》の品なのだ、それにあの箱が珍しいと思いましたよ」
「いや、手前共では、その道の
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