いておとなうものがありました。
「お休み中を恐れ入りますが、少々お伺いいたしとうございます、モシ、何かお失くなりものはございますまいか、念のため、お伺いいたしとうございます、手前共の不注意でございまして、昨晩、湯殿の戸締りが出来ておりませんものでしたから、そこから、どうも忍び込んだ模様でございまして」
その声は、昨晩寝入りばなに、箱入りの包みを持って来た主人の声に相違ないから、伊太夫がはっと思うと同時に、気のついたのは、昨晩、この人が持って来て枕許へ置いて行った古代瓦の袋入りの箱が、いつか姿を消して見えないことであります。
「あ、やられた、たしかにあの定九郎鴉に」
この瞬間、伊太夫の眼にうつって来たのは、人間としての盗賊でなく、烏としての、憎い奴の形でありました。
では髑髏《どくろ》は――と見ると、髑髏は宵のままで更に異状はなく、三藐院《さんみゃくいん》はと見れば、これも更に微動だもせず、文字を再び読み解いてみると、「置くは露」といったような筆画《ひっかく》は一つもなくて、筆跡はまさしく三藐院の筆ですが、歌は、
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あしひきの山鳥の尾のしたり尾の
なかなかし
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