ん」
とうなされただけのものです。しかし、暫くすると、本当に眼がさめました。
眼がさめたと思うと、外で鳥のはばたきを聞きましたが、それは烏ではない、鶏であることがよくわかり、同時にその鶏が声高く時をつくるのを聞きました。
鶏が鳴いたな、何番鶏か知らん、こちらは眼がさめたけれども、夢を見すぎたせいか、どうも寝足りないような気がしてならぬ。と、伊太夫が床の中でうつらうつらしていると、裏口で人の声がする。これはまぼろしの人の声ではない、現実生活の声だ。現実生活の声も、旅籠屋商売《はたごやしょうばい》などは、現実が未明から夜更けまで続く。旅にいて朝呼びさまされる時に、人は人生というものに急《せ》き立てられる思いがしないではない。
だが、この早朝――というよりは未明、いくら人を泊め、人を起して立たせるのが商売だと言っても、少し勉強が過ぎるようだ。これほどまでに早朝、これほどまでに慌《あわただ》しい働きぶりをしなければ立行かないというほどに、競争の烈しい土地とも思われないし、またそういうふうに要求するほどの団体客も見えてはいないはず。
少々騒々しいなと思っている寝耳へ、急に襖《ふすま》を開
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