い飛ばそうとしました。
 ところが、この烏め、こちらに征服意識があると見ると、憎さも憎い、人間に向って、一層の反抗意志を示して来て、その貪婪《どんらん》な眼と、鋭角な嘴《くちばし》をつき出し、隙《すき》をねらって飛びかかろうとする。髑髏をめがけてではなく、伊太夫を当の敵として刃向って来ようとするのが憎い。

         四十六

 伊太夫が見つめると、こいつは「定九郎鴉《さだくろうがらす》」だなと思いました。定九郎鴉という鴉があるかないか知れないが、まさに烏の中の無頼漢だ。頭を菊いただきのように、ひら毛を立てて隙をねらう、あの目つき、物ごしを見るがいい。
 掛物竿ではっしと打つと、それをかいくぐった定九郎鴉は伊太夫に飛びかかるかと思うと、そうではなく、伊太夫の袖の下をくぐって、飛びかかったのは、古代切に包んだ上代瓦の箱物でありました。その結び目へ鋭い嘴をひっかけると、その包みを啣《くわ》えて引摺り、ぱっと飛び退きました。
「こいつ」
 伊太夫が、またも掛物竿を取り直す隙に、早くも定九郎鴉めは、どこをどう逃げたか、全くこの座敷から姿を消してしまうと、伊太夫がホッと息をつき、
「うー
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