が呼びさまされました。誰だっけな、芭蕉でなし、鬼貫《おにつら》でなし、也有《やゆう》でもなし……
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置くは露
誰を食はうと鳴く烏
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伊太夫が、しきりにその句の主を探し出そうと試みていると、天井の上から非常に気味の悪い鳴き声をして、髑髏をめがけてパサと飛び下りて来たものがあります。これが一羽の烏です。
「叱《し》ッ」
と伊太夫が叱ったものですから、烏もさすがに人間を憚《はばか》って、髑髏の上へじかに飛び下りることはやめましたけれども、少しあちらにうずくまって、その貪婪《どんらん》な眼をかがやかして、こちらを覘《ねら》っている体《てい》が、憎いものだと思わずにはいられません。
まさしくこいつは、この髑髏《どくろ》を食いに来たのだ、こうなってみると、そうはさせないという気になって、こいつを勦滅的《そうめつてき》に追い払わなければならぬ、得物《えもの》は――と伊太夫もあたりを見廻したけれども、手ごろの何物もありません。ただ、枕許に置いた道中差――これは少々大人げないと思ったところ、幸いに畳の上に掛物竿がありましたから、これを取り上げて、烏を追
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