髏が果して、大谷刑部少輔の名残《なご》りの品であったか、なかったか、そんな詮索は無用として、お銀様は心ゆくばかりその髑髏を愛しました。面目《めんもく》が崩れ、爛《ただ》れ、流れて、蛆《うじ》の湧いている顔面がお銀様は好きなのでした。大谷刑部少輔の顔面としてではなく、自分の顔面としての醜悪は、無上の美なりとして憧れていたのですが、その時の髑髏は米友によって洗われ、弁信によって火の供養を受けて、立派に成仏しているはずですから、またもここへ迷うて出て、父の伊太夫を悩まさねばならぬ筋合いは全くないのであります。

         四十五

 果して、伊太夫の見た夢は、お銀様の見た夢ではありませんでした。衣冠束帯に変装した床上の髑髏が、いつの間にか、またもとの一塊の白骨となって、床上に安んじているのを見ると、夢は夢でありながら、伊太夫もなんだか、ばかにされたような気になって、これはそもそも、この三藐院が曲者《くせもの》だなと思いました。
 三藐院の掛物が最初から頭にあるので、それで、つい衣冠束帯のお化けが出て来たのだ。いったい、この座敷へ通されてから、これは三藐院だなと認識はしたが、その三藐院
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