からです。その人こそ、無上の共鳴と、同情と、贔屓とを捧げている。常の時でさえお銀様は、その人のことを思い出すと涙を流して泣く。歴史上といわず、およそありとあらゆる人間のうちで、お銀様をしてこれほどに同情を打込ませる人は、二人とないと言ってもよいでしょう。その人は誰ぞ、それがすなわち大谷刑部少輔吉隆その人なのであります。
その好きな人を、その人の最期《さいご》の地で、夢に見たのだから本望です。本望以上の随喜でした。あの盛んな大芝居を夢見てしまった後のお銀様は――
――石田三成も悪い男ではないが、大谷吉隆はいい男だねえ。
わたしは日本の武士で、まだ大谷吉隆のようないい男を知らない。今はその人の討死した関ヶ原へ来ている。あのいい男の首塚が、ついこの近いところになければならぬ。
わたしは何を措《お》いても、あの人の墓をとむらって上げなければならぬ――明日、明朝――いいえ、今夜これから、ちょうど、月もあるし……
大谷吉隆の首を、わたしはこれからとむらってあげなければならない――
かくてお銀様は、月の関ヶ原をさまよい尽して、ついにどこよりか一塊の髑髏を探し求めてまいりました。
その髑
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