主人が好事家《こうずか》で、凝《こ》っての上のもてなしだろうとも感じましたが、それにしても、凝り方が少し厳しいとまでは思いましたけれども、伊太夫としては、それにうなされたり、取りつかれたりするほどに弱気ではなかったのです。
 だが、彫刻にしてはなかなかうまい。うまいまずいは別としても、真に迫っているとまでは思いました。これを彫った奴は相当の腕利きだわいと次に少し感心し、それから最後に、木彫《きぼり》か、牙彫《げぼり》か、何だろうと、ちょっとその材料の点にまで頭を使って見たようですが、なお決して、伊太夫は、それに近づいてコツコツと叩いてみるような無作法には及びませんでした。
「御免下さりませ」
と、宿の主人がやって来ました。
「はいはい」
と伊太夫がその方を向くと、
「さきほどの品をこれへ持参いたしました、篤《とく》とごらん下さりませ」
「それはそれは。では、とにかく、一晩お借り申して、ゆっくり……」
「どうぞ、ごゆるりと」
 宿の主人が、自身でわざわざ持って来た、何か古錦襴切《こきんらんぎれ》のような袋に包んだ、古色蒼然《こしょくそうぜん》たる箱物を一つ、恭《うやうや》しく伊太夫の枕許
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