父の伊太夫が案内されました。
この第一室に納められた時に、伊太夫はこの座敷を異様なりと感じました。微行《しのび》の旅ではあり、また関ヶ原の真中で、そう贅沢《ぜいたく》な宿が取れるはずはないが、それにしてもこの座敷は、さように粗末なものではない。時としては、大名公家が泊っても、狼狽《ろうばい》しないほどの設備はととのえられていることを認めました。
ここで第一等の座敷を、附添の者の心づけで、特に伊太夫のために提供するようになったのは無理もないが、ここに納められる時に異様に感じたのは、床の間であります。床の間には三藐院《さんみゃくいん》の掛物がかけてありました。三藐院の掛物は感心こそすれ、あえて異様とするには足りないのですが、その下の置物がたしかに異様でありました。そこには一個の人間の髑髏《どくろ》が、暗然《あんぜん》として置かれてあったからです。
「変な置物だな」
伊太夫は、つくづくと一時《いっとき》それを見ましたけれど、わざわざ立って、コツコツと叩いてみるようなことはしませんでした。色も、形も、ほぼ完全なる人間の首の髑髏にはなっているが、まさか本物を飾って置くとは思いませんでした。
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