、その藩籍俗姓のくわしいことは、まだわからない。不破の関の巻を読んだ人は、相当に色どりのあるロマンスを持ち、心の悩みに相当の解脱《げだつ》を持ち来たしているということはわかります。
 かの如くして、美濃の国の関ヶ原の不破の関屋の板廂《いたびさし》の下に暫く身をとどめて、心を癒《いや》しておりましたが、その間に、読書もすれば、人事をも考えていました。
 ことに、美濃にゆかりある人物に就いては、親しくその人を育《はぐく》んだ山川草木の間で、相当の研究を積んでいたには相違ないが、その中でも竹中半兵衛尉重治《たけなかはんべえのじょうしげはる》の研究に就いては、なかなかの造詣《ぞうけい》を持っているらしい。
 羽柴秀吉をして、明智光秀たらしめなかったものは竹中重治である。一代の英雄のうしろには、必ず、また一代の明哲がいる。竹中半兵衛の如き明臣があらざりせば、秀吉の運命はまさしく明智光秀と、そう相距《あいへだた》ること遠からざる運命に落ちたに相違ない。
 竹中半兵衛は器量人である。名優である。しかも最も渋いところの脇師である。蘊蓄《うんちく》の底の深いこと、玄人《くろうと》はかえって、秀吉よりも、
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