へ廻るんだ――いいか、鑿《のみ》の音や、鉋《かんな》の音がしているだろう、あっちへ行くんだよ」
「はい」
汚ない小娘は包を抱えて、指さされた方へ向って行ってしまう。その後ろ姿に何ともいえぬ哀愁を覚えたのは関守氏ばかりではありませんでした。
「逃げて来たのですね」
と、甲州からの仕立飛脚が言いますと、関守氏が、
「いや、一人二人ずつ、このごろはああいうのが見え出しました、なかには首をくくろうとしているのを、出入りの大工が助けて連れて来た青年もおります、今は快く工場に働いていてくれます。働き得る人は、誰でも拒《こば》まない方針を採りたいものだと思っております」
甲州から来た仕立飛脚氏はここに於て、自分はここへ使に来たのだか、入園によこされたのだか、わからない気分にさせられてしまったようです――つまり、なんだか自分もここへ引きつけられて、居ついてしまわねばならないものでもあるかのような気持にさせられてしまったようです。
四十
お銀様の事業の番頭として不破の関守氏が与えられたことは、偶然としても、稀れに見る偶然でありました。
この人は、中国浪人と称しているけれども
前へ
次へ
全551ページ中108ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング