応対は存外|和《やわ》らかなものでした。
「お願い申しまんな、わしが身をこちら様でお使い下さらんかいな、こちら様へ上れば、どないにしても使って下さいますそうな、そないに麓《ふもと》で聞きましたから、押してまいりましたさかい、お使い下さいましな」
関守氏も、この返答にはちょっと困ったようでしたが、
「どこからおいでなすったエ」
「甲賀郡から参りました」
「一人ですかい」
「はい、御奉公をいたしておりましたがな、どないにもつとまり兼ねますさかい、出てまいりました」
「奉公先を出て来た? 御主人に断わってか」
「いいえ」
「親御たちは承知かな」
「いいえ」
「じゃ、逃げて来たんだな、逃げて来るとはよくよくのことだろう、とにかくここにいなさい」
「有難うございます」
「まあ、裏へ廻って足を洗いなさい」
「はい」
「足を洗ったら、そこらの掃除をしなさい」
「はい」
「飯をたべたか」
「はい」
「まだだな。では台所へ行ってな、大工さんのおかみさんがいるから、ちょっとここへ来るように言ってくれ、大工さんのおかみさんに、関守が呼んでいると言ってくれ」
「はい」
「いまお前がはいって来たあの木戸から左
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