骨折りは頼まれてもやれません。しかし、お銀様のなさることは、空想のようで、必ずしも空想ではないのです。どうせ、この浮世のことですもの、永久に牢剛なるものとてはあるはずはない、まず、やるだけやらせてみることです、思ったほどに危険はありませんよ」

         三十九

 飛脚とはいえ、ただ通信機関の役目を果すだけの使ではなく、よく情理を噛《か》み分けて話のできる相手だと思いましたものですから、不破の関守氏も洒落《しゃらく》にことを割って話しかけたようです。
 座敷と縁とで、二人がこうして話し合っている間、上手《かみて》の方では、鑿《のみ》や鉋《かんな》の音が相当|賑《にぎ》わしいのですが、一方の淋《さび》しい庭の木戸口から、不意にこちらへはいって来たものがありました。
 それは、女の子ですけれども、一見してお雪ちゃんでないことは明らかです。汚ない布子《ぬのこ》を着て、手によごれた風呂敷包を抱え込んでいましたが、案内もなくはいって来て、それを咎《とが》められる前に、早くも関守氏の前の庭先へ、ピタリと土下座をきってしまい、
「お願い申します」
「何だ、何です」
 咎めるようで、関守氏の
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