――仏頂寺はそれでも酒をやめるのではなく、苦り切って一杯一杯と重ねている。
 大いに浮れを発するつもりの丸山勇仙までが、いつのまにか引入れられて湿っぽくなる。強《し》いて気を引立てようとするが、どうしても引立たないらしい。
「仏頂寺――」
「何だ」
「いやにしめっぽくなったな」
「そのくせ、天地はこの通り上天気だ」
「ところは長閑《のどか》な小鳥峠の上で――」
「丸山、おりゃどうでも死にたくなってしまった」
「は、は、は」
 この時、丸山勇仙が強《し》いて笑い崩そうとしたが、いっそう重苦しい。
「死にたくなった」
「は、は、は、は」
 死ぬのがいいとも言えず、悪いとも言えない、丸山勇仙は、ただ強いて重苦しく笑うだけであった。笑いも、こうなるとうめきよりも渋濁である。
「死にてえ、死にてえ」
と、仏頂寺弥助が捲舌《まきじた》をつかい出す。
「くたばりゃがれ!」
と、丸山勇仙が悪態《あくたい》をつき出す。
「そうれ」
と仏頂寺が、最後の一杯、いな、一滴と見えるのを、深く腸《はらわた》の底まで送り込んで、その盃を勇仙めがけて投げつける。勇仙がそれを受けて、手酌で一杯ひっかけようとしたが、もう
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