仙がまず杖の先にひっかけて手に取り上げたのは、色友禅の胴巻でありました。
「そうら見ろ」
仏頂寺弥助は、勇仙からつきつけられた色縮緬の胴巻に、赭顔《しゃがん》を火のように映《は》えらせて、
「こりゃ只者でござらぬ」
まさしくは三百両の金を今まで呑んでいたその脱殻《ぬけがら》なのだから只者ではない。右の大金をたんまりと呑んでいたばかりではない、なまめかしい人肌にしっかりとしがみついていたほとぼりがまだ冷めていない代物《しろもの》。
仏頂寺は、高師直《こうのもろなお》が塩谷《えんや》の妻からの艶書でも受取った時のように手をわななかせて、その胴巻を鷲掴《わしづか》みにすると、両手で揉《も》みくちゃにするようなこなしをして、
「さてこそ、まだ遠くは行くまい」
「は、は、は」
と、丸山勇仙の笑い声が白々しい。
「まだ、温味《ぬくみ》があるか」
と丸山から揶揄《からか》い気味に言われて、仏頂寺弥助は友禅模様にいよいよ面を赤くはえらせ、
「まだ遠くは行くまい」
「炭部屋の中をたずねてみさっしゃい」
「ばかにするな」
丸山勇仙も冷かし気味であり、揶揄い口調であるけれども、その、は、は、は、と冷
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